空海の言葉から学ぶ深い意味

格言・名言
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弘法筆を選ばず、という言葉をご存知でしょうか。

この言葉の意味として広く知られているのは、弘法大師と呼ばれていた空海が、美しく達筆な字を書くことから、彼の技術は道具に左右されることはなく、どんな筆であっても見事な字を書きました。その事から、才能があり技術のある人は、物によって左右されることはなく、自らの技量通りの力を出せる、とされています。周りの環境は関係がない、失敗を周りのせいにしてはならないという事でしょう。

しかし、この言葉は少し語弊があると言ってもいいでしょう。実は空海はどんな筆でも達筆な字をかけた、というのではなく、筆を選んで字を書いていたと言われています。彼のような偉人であれば、素晴らしい筆ばかりだった事でしょう。どこを見ても良い筆がある。つまりは筆を選ばなくても良い。そこから派生して“弘法筆を選ばず”となったのかもしれません。

彼の技量に見合った筆を使うからこそ、上手い字が書けました。ですが裏を返せば、弘法大師とは違って下手な人は悪い筆を使ってもそこそこであり、上手い筆を使ったからといって字は上手くならないと言います。つまりは、筆とその人の技術によって良くも悪くもなるのであるという事でしょう。こういうと少し悪く聞こえるかもしれません。しかし、この弘法筆を選ばず、という言葉は諸説ありますが、ポジティブな意味で捉えなおせば、より深い意味となるでしょう。

そしてもう一つ、人の昇沈は定んで道にありという言葉を空海は残しています。この言葉の意味としては、人が出世して成功した人生を進むか、それとも没落した無残な人生へと落ちていくことになるか。それはその人が道理のある人生を突き進むかにかかっているという事です。

一見当たり前のように思える言葉かもしれませんが、それこそ自分次第である、つまりは弘法筆を選ばずという言葉にも繋がっていくのではないでしょうか。周りの環境に左右されず、道理に基づく道を空海は望んでいたのです。

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